佐々木倆子はどんな性格の人だったの?その歩んだ人生とは?

このページは、朝ドラ「べっぴんさん」の坂東はな(菅野美穂)の実在モデルとなってはる佐々木倆子(ささきりょうこ)さんについてご紹介してんねな。佐々木倆子さんは、坂野惇子さんの母です。

 

読み方は難しいですが「りょうこ」と読むねんね。夫は、後にレナウンとなる「佐々木営業部」の創業者の佐々木八十八(ささきやそはち)さんやんね。まったく関係あれへんことやねんけど、この時代の漢字の読みは難しいねん。

 

佐々木倆子さんの倆子(りょうこ)って漢字も最初は読めへんかったし、また夫の八十八(やそはち)という名前も読めへんかってんね。なんで、漢字が難しいというのが第一印象やんな。

 

それはさておき、佐々木倆子さんのことについてと併せて朝ドラ「べっぴんさん」の坂東はなと実際のモデルになってはる佐々木倆子さんの違いなどについても詳しくお伝えしていくねんね。まず、佐々木倆子さんの性格や人生について詳しく見ていくねん。




佐々木倆子の性格とは?

佐々木倆子さんは、笑顔の絶えない人物で俗にいうところの笑い上戸やってんね。せやけど、行動力は抜群。すぐにいろんなものを作ってみたりしててんね。

 

エスパー伊藤がよく発明なんてしてますが、そんなもんではなく実際に役に立つものを作るのが得意やってんね。特に、自分がやってたこともあり家庭用品であればなんでも作れるぐらい工夫して自分で作るのが得意だってんな。

 

ただし、夫の佐々木八十八のきっちり細かく物事を決めてから行動する性格とは異なり、とにかくおおざっぱやってんね。なので、とにかく行動してそのあとに考えるタイプやってんな。

 

また、大人と子供の区別をあまりつけへんかってんな。特に、娘二人(佐々木智恵子、坂野惇子)との関係は親子というよりも姉妹に近いような関係やってんね。

 

なので、母親だから厳しくしつけるってタイプではなかってんな。どちらかというと、子供たちの個性を大切にして伸ばしていくスタンスの子育てをしててんな。




佐々木倆子の人生とは?

そんな佐々木倆子さんは、明治16年に大阪で生まれてんな。女学校を卒業後すぐに、佐々木八十八と結婚し「佐々木営業部」を支え続けた人生やってんな。

 

その気さくな性格で、番頭たちともうまく関係を築いていってんやんね。佐々木倆子さんは、かなり長生きしたことでも有名ですね。当時としてはかなり長生きの部類に入る86歳まで存命でした。

 

特に病気をすることもなく生活しててんけど、さすがに晩年には心臓を疾患していてんな。そのために、帯を緩めていたことで坂野惇子さんはやめてと声をかけてたと笑いあっててんな。

 

その光景がやがて洋装に変わっていってんやんな。せやから、そんな坂野惇子さんとのやりとりもなくなったというねんね。そして、佐々木倆子さんは大好きな賛美歌を聞きながら永眠してん。

 

べっぴんさんの坂東はなと佐々木倆子の違い

佐々木倆子さんはべっぴんさんの坂東はなの実在モデルとなってんねな。せやから、どんなところが同じでどんなところが実在モデルと違っているのか知りたいというあなたも多いと思います。

 

せやから、そのことについてここではお伝えしてんねな。基本的には、坂東はなと佐々木倆子さんはかなり異なるというのが正直な印象やんね。まず、坂東はなは坂東すみれ(芳根京子)が9歳の時に亡くなってしまうねん。

 

なので、86歳まで生きた佐々木倆子さんとは随分と異なっていることがわかんねん。ただ「佐々木営業部」(ドラマでは「坂東営業部」)を支え礎をきづいたところは同じやんね。

 

明るく優しく朗らかな母で、刺しゅうが得意といったところも佐々木倆子さんと同じやんね。せやから、性格などについてはかなり実在モデルの佐々木倆子さんと同じように描かれてるねんけど、死のタイミングというところだけが異なるねんな。

 

そんな坂東はなを菅野美穂さんがどのように演じるのかも個人的には、「べっぴんさん」の楽しみの一つやんね。菅野美穂さんが演じるので、とっても優しいお母さんに仕上がってはるような予感がしますよね。

 

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