三井高益の家系図でわかる三井浅子と三井春の本当の関係を暴露!!

NHKの朝ドラ「あさが来た」で描かれている実家の三井家。その父親の今井忠興(升毅)のモデルは、三井高喜であることを以前お伝えしてんねけど、じゃあ実際の父親はどうなってはるのって思いませんでした?

 

そんな疑問がわいてくると思うねんな。私も皆さんと同様の気持ちになってんね。せやから、今回は朝ドラでは、仲睦まじい関係で描かれてはるヒロインのあさ(波留)と姉はつ(宮崎あおい)の関係の詳細。

 

それと、併せて広岡浅子さんの実際の父・三井高益みついたかます)を見ていこうと思うねんな。三井高益は、三井・小石川家の6代目当主やねんな。明治維新の後に東京に引っ越しをしてはるんやんな。

 

せやから、三井・出水家から三井・小石川家に変更になってんねな。この東京に引っ越しというのは、朝ドラ「あさが来た」の忠興と一緒やんな。

 

せやから、厳密には忠興のモデルにならはってるのは、三井高喜と三井高益が混ざりあってるような感じやんな。三井高益は、子供を正妻との間に4人もうけてんねな。

 

正妻との間とあるのは、妾との間の子も存在してはるからやんな。こっからはやや衝撃的やねんけど、この正妻との間の子にはドラマのはつのモデルになってはる三井春さんも入ってんねな。

 

ただ、ドラマでは長生きしてはるけど、25歳という若さで亡くなってるねんな。商いとしては、呉服屋と両替商をしててんね。三井高益も商才があって、明治の混乱期でも決して店が傾くようなことはあれへんやってんね。

 




 

三井高益の家系図から見た広岡浅子と大眉春の関係とは?

三井高益には、正妻には4人の子供がいてその中に春(ドラマのはつ)がいてることはすでにお伝えしてんねけど、そっから先が衝撃的やねんな。それは、妾の子が広岡浅子さんやと言うことやねんな。

 

簡単に言うと、広岡浅子さん自身は正妻の子ではあれへんくて、妾(側室)の子やったということやねんね。しかも、三井高益が50歳の時の子やねんな。せやから、三井春とは異母姉妹ってことになんねんな。

 

私は、この広岡浅子さん家周辺のことを歴史が楽しくていろいろ調べててんけど、一つ疑問に思ったことがあってんねね。

 

それは、いくらこの時代とはいえ、広岡浅子さんほどしっかりいろんなことを主張しはる人の旦那の広岡信五郎さんが妾(側室)を持ち、4人も子供をもうけてはるって大丈夫なんやろかってことやねんな。

 

いくら加島屋(ドラマでは加野屋)の血筋が増えるといっても心情的には、きするものがあってんやないかなって。せやけど、広岡浅子さん自身が妾の子やったことを知ったときに少し納得してんね。

 

耐えられないような思いをしたかもしれへんけども、自分も経験してきたことやねんな。せやから、どうしても自分もそうだったと納得させてたんかなって。

 

それが、広岡浅子さんをクリスチャンにしたり、男たちが女子教育を奪ったという信念から女子大設立や売春問題に取り組んだのではあれへんかなって思ってんね。ここに大きな広岡浅子さんのスピリットの原因があったのかもしれへんね。

 




 

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